現在私たちが占いに使う「タロットカード」を探そうとする時、まず必ず一度は目に入るであろうものが、「ジプシータロット」とタイトルのつくタロットです。
タロットだけでなく占いの本や雑誌などにも、この占いがどれだけ「神秘的で由緒正しいものであるか」を証明するために「ジプシー」という名前がタイトルに掲げられているものを多く目にします。
その元を辿れば、私たちの記憶の中に、知らないうちにどこか強く刻印されてしまっている、「占いはジプシーのもの→タロット=ジプシー」というようなイメージがあります。
まあ、そもそもタロット自体がジプシー起源のものであるという説は数々の本に書かれ伝えられてきたのだから、私たちがそう感じるのも最もなことと言えるでしょう。
また19世紀のヨーロッパの人々は、「タロット占いで未来を予言することができるのはジプシーだけだ」とすら考えていたというし、イーデン・クレイという人は、「タロットカードは、キリスト教から迫害されたエウレシスの秘儀の司祭たちが流浪のジプシーたちに託した伝承である」とまで語り、さらにこの説は日本でも種村季弘氏の『錬金術ータロットと愚者の旅』(1972)や、澁澤龍彦氏によっても語られています。
けれど、もともとタロットとは、神秘性を纏うどころか、占いのカードですらなかったのです。
タロットは最初は貴族たちの贅沢なカード遊びに使われていました。
つまり、ゲームだったわけです。
これが、19世紀ロマン主義の時代にジプシーが神秘化して「ジプシー趣味」が流行するのと時期をほぼ同じくして、タロットもまた神秘性と意味深な理論や世界観を帯びるようになり、「オカルト」要素がつけ加えられるようになっていったのでした。
さらに言えば、ジプシーが行っていた占いは、ジプシーがヨーロッパに現れ始めた時からほとんど常に手相占いが多く、18世紀以前にタロットをはじめとした「カード占い」をしていたという記録は残されていないとされているのです。
確かに、歴史的な絵画を調べる中で、ジプシーが占いをしているところの絵画は、どれも手相を見ている場面ばかりです。
それに引き換え、15世紀には貴族たちがタロットカードを使ってゲームをしているところを描いた絵画がいくつも存在しているので、「ジプシーがタロットの起源である」という説も違っているようです。
そもそも、ジプシーがタロット占いと結び付けられて語られたのはもっと最近になってからのことで、18世紀にフランスの学者クール・ド・ジェブランの『原始世界』という本の中で、「タロットの起源はエジプトであり、その運び手となってヨーロッパ中に広めたのがジプシーである」という説を展開したのが発端だと言われています。
この本が出版された頃は「エジプト趣味」が大変流行していたため、同じように異国的な神秘性を持つジプシー達が(しかもこの当時はまだ彼らがエジプト出身だという説も信じられていたので)、エジプトの神秘的な叡智と結び付けて考えるというロマンティックなアイディアはとても魅力的で、説得力があったのかもしれません。
ジプシーたちがロマン派の時代にさまざまなストーリーを帯びて神秘化していく現象もとても面白いですが、この、単なる贅沢な貴族のカードゲームでしかなかったタロットが、「ジプシーの神秘化」と対して遠くもない時代に同じように神秘化し、深くて濃いストーリーと複雑な理論を纏うようになる過程もとても面白いので、それはまた別の機会にお話しをしたいと思います。




