(-1603)
アイルランドの海賊の女王として恐れられた。
本当の名はグレイス・オマリーというが、アイルランドではグラニュウェールの名のほうが知られている。
父はアイルランド西岸、クルー湾周辺のウール王国の族長、ドゥダラ・オマリー。
彼の妻、マーガレットとの間の一人娘として生まれた。

15の時、グラニュウェールは隣のクランとの間で有利な同盟を得るために、父の命によってドナル=アン=コーギッグ・オフラハティと結婚した。
二度目の夫は、リチャード=イン=アイアン・バークで、このときは彼の所有するロックフリート城を避難港として使用するために自らの意志で結婚を決定。

グラニュウェールは当時の支配者エリザベス1世とも政治的駆け引きを行い、女王との会見を行ったが、
その様子がどのようなものだったのかについては誰にもわからない。

晩年の彼女についての資料はほとんど残されていないが、彼女は1603年ころにロックフリート城内で亡くなったと伝えられている。
クレア島の修道院、彼女にとっては生涯をともに過ごした海の近くに埋葬された。